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7/12 「時間SFと平行宇宙」 小谷真理先生

タイムパラドックスを克服する方法                  

 

 千年ぶりとなる彗星の来訪を一か月後に控えた日本。山深い田舎町に暮らす女子高校生・三葉は憂鬱な毎日を過ごしていた。町長である父の選挙活動に、実家の神社の古き風習。小さく狭い街で、周囲の目が余計に気になる年頃だけに、都会への憧れを強くするばかり。「来世は東京のイケメンにしてくださーい!!!」そんなある日、自分が男の子になる夢を見る。見覚えのない部屋、見知らぬ友人、目の前に広がるのは東京の街並み。念願だった都会での生活を思いっきり満喫する三葉。

 一方、東京で暮らす男子高校生、瀧も奇妙な夢を見た。いったこともない山奥の町で、自分が女子高校生になっているのだ。繰り返される不思議な夢。そして、明らかに抜け落ちている、記憶と時間。二人は気づく。「私/俺たち、入れ替わってる!?」

 いく度も入れ替わる身体とその生活に戸惑いながらも、現実を少しずつ受け止める瀧と三葉。残されたお互いのメモを通して、時にケンカし、時に相手の人生を楽しみながら、状況を乗り切っていく。しかし、気持ちが打ち解けてきた矢先、突然入れ替わりが途切れてしまう。入れ替わりながら、同時に自分たちが特別に繋がっていたことに気付いた瀧は、三葉に会いに行こうと決心する。「まだ会ったことのない君を、これから俺は探しに行く。」

 辿り着いた先には、意外な真実が待ち受けていた……。

(『君の名は。』公式サイトより)

 

 これは『君の名は。』の公式サイトに記載されているストーリーだ。大ヒット上映中のこの作品を今回は取り上げたい。  

 

 最後の意外な真実というところに、今回の時間SFが関わってくると思う。その真実というのは、2人の時間はずれていて、三葉は3年前にすでに彗星の落下事故で亡くなっていたというものだ。瀧はなんとか三葉に会えないか、救えないか行動し、再び三葉が亡くなる事故の日に入れ替わることに成功する。入れ替わった瀧は事故の犠牲を減らそうと奮闘する中で、元の身体に戻って三葉と初めて対面することができた。「たそがれどき」に二人の場所が時間を超えて繋がったのだ。そして無事三葉は自分の身体で事故による犠牲を防ぎ、彗星落下事故から8年後、瀧が三葉に会いに行ってから5年後に2人は同じ時間の中で再び邂逅する。

 劇中に

 

「よりあつまって形を作り、捻れて絡まって、時には戻って、途切れ、またつながり。

それが組紐。それが時間。それが結び。」

 

という台詞がある。まさに2人の時間は「捻れて絡まって、時には戻って、途切れ、またつながった」のである。

 

 この話では、一度三葉が死んだ未来が、瀧が過去にタイムスリップすることで変わったことになる。タイムスリップした時に瀧が2人(身体は1つ)存在することになるが、この作品ではタイムスリップした先の時代の瀧はまだ三葉と出会っておらず、劇中で描写されることはない。この作品に限っては見た目が違うので傍から見たら同一人物が同時に存在していることにはならない。

 

 また、未来が変わったことで人びとの記憶が混乱する可能性がある。それ自体に関する描写はないので推測だが、恐らく未来の変更は記憶から夢のように消えてしまうのではないだろうか。そもそも入れ替わり自体の記憶が2人から消えていて、誰かを探しているような気がするという感覚だけが残っている。

 

 この記憶から消えてしまうという方法は1つのタイムパラドックスの解決方法ではないかと思う。都合の悪いことは消してしまうのだ。しかし、この方法だと瀧が見ていた事故での死亡者名簿などのモノはどうなったのだという疑問が残る。劇中では三葉が死んだ未来と同じ本も出てきたが、「死亡」という部分は「奇跡的に無事」というものに変わっていた。また、三葉が瀧のスマートフォンに残したメモも、瀧が、三葉が生きていないのではないかと感じたあたりで全て消えてしまう。三葉がたしかに生きているという証が消えていったのだ。

 

 こういったことからこの作品では「書き換える」「入れ替わる」ということでタイムパラドックスを解決しているのではないかと考えた。パラレルワールドとは違って、一本の組紐のようにバラせば色々な時間軸(可能性)があるが、最終的には1つの時間になる。これも1つのタイムパラドックス解決方法としてはいいのではないだろうか。

[参考]

 『君の名は。』公式サイト

   http://www.kiminona.com/index.html アクセス2016/10/03

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